2018年11月21日水曜日

セレンディピティ

今朝の別荘(プレハブ)は暖房が弱では
外気温が流れ込んできてベッド(簡易)から
抜け出せず、ぬくぬくくるまっていたら
非情にも先を急ぐドライバーに起こされる。
(泣)
グッと寒くなりました。


先週末は次女の音楽会でビデオ担当。
合唱を聴くだけで泣きそうになってしまうのは
チコちゃんによると共感力の向上と、
前頭葉の機能低下により感情のコントロールが
出来なくなるから~、とのこと。


子供の小学校行事は卒業式を残すのみ。
その間、10歳も年をとったことに...。


学校への道すがらにある本屋に立ち寄り
何かないかなぁ?と物色する。
こんな時は大抵自分で何かを抱えていて
ヒントを探していることが多いのですが
この時間が結構好きだったりします。(笑)
大抵1~2ページで催眠術にかかってしまい、
読みかけの本を積み増していますが
最近、油断をすると知らぬ間に我が家の
ネット売買部隊に召喚されていることも。
先日はユーモアがわからずお手上げだった
カート・ボネガットのコラムを出品したところ
即売だったわよ、と報告あり。
隊長にとっては単なるハードカバー。
僕にはカナダ時代の思い出ある作家。
欲しい人にとっては激安価格。おそるべし。
それにしても何でも売れるようですね。

そんな僕が久しぶりに一気に読了した


『乱読のセレンディピティ』


著者は自分の”こんな時”につい頼りにする
外山滋比古さん。
大抵、内容は覚えていないのですが、
言葉に触れたくなると手に取ってしまいます。
いわば、”言葉”の第一人者の外山氏に


”本は読み捨てでかまわない。”
”本を読んだら、忘れるにまかせる。”
”本は風のごとく読むのがよい。”


と述べられ、心がグッと軽くなったら、
久しぶりにクルクルページをめくれました。


ところでセレンディピティ。
僕は馴染みのない言葉でしたが
思いがけないことを発見する能力、
という意味で
科学分野で失敗が思わぬ大発見につながった
ことなどに使われるそうです。


100点満点を求めてしまうとどうしても
窮屈になります。
100点からの減点をおそれてしまうあまり
第三者に自らの大事な決定を委ねるように
なってしまっては、客観的とは名ばかりで
失敗を失敗と気付かないようになってしまう
ような気がして、もっと根が深い。
本当の失敗は痛い。

今の実力が30点でもなんとか寄せ集めて
120点にする。
そんな気持ちを持っていたいな、
などと久しぶりの達成感を借り生意気にも。
 
Ted








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